2025/1/25

予備校とは半身を置いて上手く付き合う

 資格の受験において、予備校の利用は不可欠か否か、少なくとも、難関資格において完全な独学は難しいでしょう。難関資格を独学で合格したと称している人も、公開模試ぐらいは受けている場合が多いです。その場合、「ほぼ独学」あるいは「基本的に独学」と称するべきであり、公開模試を受講したことも、明記すべきでしょう。

 難関資格の受験生は、自分の人生を真剣に考えている人が多いので、やはり真面目な人が多いです。問題なのは、「真面目過ぎる人も多い」ということです。特に受験1年目から3年目ぐらいは、真面目な人がやる気満々ですと、予備校の講座を多く受講し、評判の良い教材に手当たり次第、手を出したりしています。結果、消化不良を起こし、真面目に勉強していても、あと一歩が超えらない、という状態が、延々と続きます。若く体力のある受験生が、やる気と体力に任せてこなせない量の講座・教材に手を出して収集が付かなくなって不合格になり、身も心もボロボロになるのは、よくあることです。

 また、ありがちなのが、2年目は1年目で受講した予備校の中上級者向け講座を受講、3年目は他校の中上級者向け講座を受講、4年目は更に他校と、予備校ジプシーになって、こなせない量の教材が溜まることにより、やりきれなかった徒労感と嫌悪感だけが残った状態で受験し、不合格だけが延々と続いたりします。これらを一言でいうと、「予備校に使われている」状態なのです。かつての私もそうでした。

 しかし、予備校は道具にすぎません。語弊があるかもしれませんが、教材だけではなく、講師も道具に過ぎないのです。ところが、真面目過ぎて、なおかつやる気のある受験生は、道具である予備校に使われてしまっているのです。つまり、主従が逆転してしまっているのです。自身がこの状態陥っていることに気づいている受験生は、少ないと思います。私は予備校で受講生の質問に回答する仕事もしていましたが、このことを強く実感しています。

 私は、受験晩年は、予備校を単なる道具と割り切り、主体的に使っていました。評判の良い教材も、自分にとって本当に必要な部分のみ使い、それ以外は、一切目を通しませんでした。例えば、私の受験晩年は、民法の大改正でしたが、教材を購入しても、改正法以外は、一切使わなかったものが何冊もあります。このように、主体的に教材を使うことにより、合格することができました。

 繰り返しますが、受験生にとって、予備校は道具にすぎません。決して、道具が上位に来てはいけません。主体は受験生自身です。声の大きい講師や合格者に惑わされないでください。まして、匿名掲示板や受験生のSNSの予備校・教材評に左右されるなど論外です。そのためにも、情報収集はほどほどにし、予備校とは半身を置いて、必要以上に感情移入せずに、道具に過ぎない予備校を、上手く使いこなしていただきたいと思います。